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SM・DSを軸に【気持ちの良いセックス・本当の好き】を纏める

仙台 ぶり子

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先日、SNSでのやり取りで、Sか、Мか、というような話になりました。

S・Mは、性の話題としてはいちばん口にしやすい単語のようで、その単語は普段下ネタを言わない方からも聞くことができます。


今回はSMを軸として、【気持ちの良いセックスとは?】【本当の好きってなに?】という問いへの答えを書いていきたいと思います。


この記事の内容

●S(サド)、M(エム)とは何なのか
本来のSMと愛のあるSMを知る
●現実的なSMはマゾッホ的に
Mは見方によってはSだがその方が健全
●SMに似たDS(ドナミント・サブミッシブ)の世界
オマエごときに服従してたまるかというM
●本当に気持ちの良いセックス、本当の好きとは
実は、当たり前で簡単なこと。

S、Mとは何なのか

SとはもともとSM行為を行っていたとされ、嗜虐性向( 人や動物に対して苦痛を与えることを好むこと )の強い小説家であるマルキ・ド・サドの名前が由来であり、Мとはレオポルド・フォン・ザッヘル=マゾッホという作家の小説と嗜好を元にした単語です。

Mについてはレオポルド・フォン・ザッヘル=マゾッホの【毛皮を着たヴィーナス】を読んでいただきたいと思います。 (谷崎純一郎の痴人の愛もМ的です)

また、マルキ・ド・サドは彼自身が性的暴行で死刑判決を受けており 【ソドム百二十日(淫蕩学校)】など性的に残虐な作品も残しています。

▽一度は読んでおきたい▽
  マゾッホとサド

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S・Mの解釈は一般に人によって違いがあり関係によっても多岐にわたるので、恋愛関係においてのSMについてわたしなりの見解を書きます。

精神的S・M

精神的に、苦痛を与えて快感を覚えるS
精神的に、苦痛を与えられて快感を覚えるM

肉体的S・M

肉体的に、苦痛を与えて快感を覚えるS
肉体的に、苦痛を与えられて快感を覚えるM


S・Mと一言で表してしまうとだいたいは受け取る側の性的嗜好やイメージにより、発した側の思うS・Mとは違う形で解釈されるでしょう。精神的S・Mと、肉体的S・Mの割合、度合いはさまざまです。

ここでは、レオポルド・フォン・ザッヘル=マゾッホ的なМ、マルキ・ド・サド的SというガチSMを例に書いていきます。

わたしからしたらどちらもSなんですが。

S・Mを結び合わせてみましょう。

S→M
●Sが精神的に苦痛を与える→Mは快感を得る
●Sが肉体的に苦痛を与える→Mは快感を得る


Sが精神的苦痛を感じさせようとしても、Mは結果的に喜んでしまいます。
これではSにとってはただのSMごっこです。


Mは相手に喜ばれるために苦痛を与えられ、喜んでもらえたことに快感を得ているか、自分の欲求を満たされて快感を得ています。

Sは純粋な苦痛を与えることが出来ないため、快感を覚えることはできません。

しかし、Sが快感を得るために喜びの無い精神的・肉体的苦痛を相手に感じさせてしまっては”恋愛関係”は成立しません。場合によっては”犯罪”となるでしょう。


恋愛関係が成立しないほど精神的苦痛・肉体的苦痛。
これは【マルキ・ド・サド】 S 的嗜好ではないかと感じます。

これを成立させるために、わたしが思いつく限りではひとつ、このような方法があります。


飴と鞭


精神的・肉体的苦痛も与えつつも、時には優しいところを見せて、継続する。

これがDVです。

現実的なSMはマゾッホ的に

◎恋愛関係における、健全・現実的なSMは次のようなカタチではないでしょうか。これはマゾッホの毛皮を着たヴィーナスの作中にも描かれています。

Mが服従したい相手を選び、主人とします。
健全なSMプレイであるためには、主導権を握るのはMでなければなりません。

МはSからの指示や与えてもらうもので快感を得ることが出来れば関係を続けますが、嫌であれば別れを選ぶことができます。


SはMのために快感を与えます。
Mが快感を得ることで喜びを感じられるSは、これを自然に行うことができるでしょう。



例として、経験談をひとつ書きましょう。


彼は見るからにMであることを感じさせる雰囲気の優しく穏やかな人です。丁寧に尽くすタイプなので、ソフトであれば相手のためにSとしても演じることができます。

しかし、彼は実際にはMです。

ある日、わたしに顔面●●●をせがんだり、縛って欲しいと要求しました。
彼は、わたしをSとして扱おうとしたのです。

その瞬間、わたしは指示される側になったことを、ハッキリと感じました。

あいつイイ男だったな、わたしバカだ


・・・たとえ話です。わたしの経験談ではありません。

ご自分の経験からも、想像していただければ身近なものに感じられるのではないかと思います。




S=(従属者)大きな愛情と思いやりで包んで、喜びを与える人

М=(支配者)大きな愛情と思いやりに包まれて、喜びを表現する人


というのが恋愛関係における、健全な、一般論としてのSMではないでしょうか。

SMに似たDS(ドナミント・サブミッシブ)の世界

似たものにDSというものもあります。

DS

ドミナント(支配嗜好者)=D
サブミッシブ(被支配嗜好者)=S

DSという、支配し、支配されることで快感が得られる性的嗜好もあります。

   ▽DSを知るなら▽
フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ

正直、定義が曖昧だし自称ドナミント・サブミッシブが増えているのでもうよくわからんが本音なのですが。わたしなりの見解を書こうと思います。

先ず最低限の定義として、ドナミントは【支配的】【優位に立つ】という意味を持つ言葉です。


よってドナミント(SMのSにあたる)はサブミッシブ(SMのМにあたる)が服従したくなるような相手でなければなりません。

先のSMでも書いた通り、双方同意の上でしか(最低限・現在の法律上)成り立たないので当然です。

(M、サブミッシブだけでなく、どんなにモテなくても選ぶ権利はあるとか思ってるだろうほとんどの人間は。それでいい)

「冗談でも貴様の下手に出てたまるか」
or
「この人だったら下手に出てもいいかな」

自分を下手にしてでも服従したい相手。圧倒的支配力が必要になります。

幻想抱いてるドナミント候補がたくさんいそうですが、仮に、美しいサブミッシブがいたとして、どれほどの競争率だと思う???

その上でドナミントは支配欲を満たし、サブミッシブはドナミントの支配欲を満たすことと自分自身が支配されることで喜び安心を得ます。

支配的な親(愛情表現)と従順な子(従順であることで親に喜んでもらえる、支配されることで責任から解放される安心感)の関係にも似ているかもしれません。

サブミッシブはときにドナミントを喜ばせる程度のわがままを言うこともあるでしょう。

SMとの大きな違いは、SM(特にS)は肉体的な性的快感が目的であるのに対し、DSは精神的な支配・被支配が目的というところです。DSにとってSMプレイはその延長線上にあると言えます。

本当に気持ちの良いセックスとは

SM、DS、どちらにも言えることですが、相手に喜んでもらいたい、何かしてあげたいという自発的な気持ちが基本になっています。

風俗で働く友人とこのようなことを話したことがあります。

「誰とでもできるし、カッコいいとか思う人もいっぱいいるから誰が好きなのかわからなくなっちゃった」

この場合の判別方法はこうです。

「舐めたかったら好き。舐めたいと思わなかったら、やってみたいだけ」

性愛の技巧は、愛情・情熱に比例します。
好きな相手であれば、自然と相手の心や体を丁寧に手入れするような行為になるものです。

愛情の乗っているセックスとそうでないセックスは全くの別物。

SMと書いてしまえば下卑たものを想像する方もいらっしゃるかと思いますが、実際に成立したそれは信頼や愛情の結晶と言えるのではないかと思います。

気持ちのない性行為は気楽ですが、空虚です。

自分の側にしか気持ちの無い状態では、寂しく、辛くなり

相手側にだけ気持ちがある場合は、肉体としての快感は大きかったとしても、心からの快感を得ることは出来ないでしょう。


性行為への罪悪感や、コンプレックスが行為の妨げになることがありますが、パートナーの心理的な妨げをなくす手伝いができるのも、そのような関係にある相手です。

お互いが恋い慕い合い、自然と性の技巧を尽くし合うことができる相手との性愛が至高なのではないかと思います。